目的地があったほうが遭難しない。

国内外、たくさんの作家や詩人が、人生は旅とか、航海であると言ってる。

僕も、それを、深く認識しているつもりだった。

僕は北海道で生まれ、10年ほど幼少期を過ごした。雪の多い地域で、毎日雪かきをしないと、玄関から外に出れないくらいの豪雪地帯。もちろん、子供の頃の話なので、雪かきは両親がしていた記憶がある。

東北の仙台市でも15年ほど暮らした。まさに青春時代である。

そして今、広島で家族を持ち、仕事を持ち、暮らしている。

なんだか、人生は旅や航海のはずだったのに、なんだか、落ち着いてしまった。と、この何年間かモヤモヤ考えていた。

最近、ちょっと意識が変わり始めたので、久々に投稿してみる。

 

 

広島には、もう20年以上暮らした。

「暮らす」と「旅する」は、対義語ではないけれど、僕の中では日常と非日常の対局に近い。

だから、日々の暮らしに落ち着いてしまったと勘違いしたのかもしれない。

ただ、ちょっとしたきっかけで考え方は変わるものだ。

 

☆ちょっとしたきっかけ:「自分の望む未来の自分を考えてみた。」

 

もっともっと歳をとって、周りから「老後」と呼ばれるような歳になったら、北海道の故郷に戻って、若者が集うゲストハウスをはじめよう。

世界中から集まるバックパッカーに旨い料理と酒を提供して、世界中の面白い旅の話を聞かせてもらおう。

めっちゃイケてる「ゲストハウスオーナー&ガイドのジジイ」になろう。ニックネームは「タカ爺」かな。

 

イメージできることは実現できる。

 

そう思い始めたことから、意識が変化した。

 

「暮らすように旅をする」

Air bnbのスローガンみたいだけど、

人生を旅や航海に例えるなら、もしかすると、まだ、旅の途中ではないか?

広島での20年間も、いまだ長い旅の途中。

旅先なのである。

そう思うだけで、ワクワクした気持ちが湧いてくる。

 

ただ、今の時点では、旅の目的地が定まった。そういう話だ。

また、旅先は変更になるかもしれない。でも、旅の目的地があることで、これからの暮らし方が変わるだろう。

そんな変化について、これからの何回かは、ここに書いてみようと思ってる。

では、では。